「顧客のことを考えている」という幻想

顧客第一主義を掲げている企業は多いですが、その実態はひどいものです。

近くで便利

セブンイレブンのモットーは「近くて便利」ですが、お客様の立場に立って商品・サービスを提供し続けることを意識しているそうです。

1973年、国内消費が売り手市場から買い手市場に大きくシフトするなか、セブン-イレブンは苦境に立たされていた中小小売店の経営を支援するために誕生しました。以来、私たちは常に時代を先読みし、世の中の変化を捉えて新しいことに挑戦し続けながら、お客さまの立場に立って商品・サービスを提供し続けています

【引用:セブンイレブン

しかし便利を追及した結果、2006年には大量の恵方巻が廃棄される事態に発展しています。

大量廃棄の恵方巻

大量に恵方巻が廃棄される実態をみれば、コンビニが恵方巻を押し売りしているのは明らかです。きっとあなたも「恵方巻を捨てるなんて、モッタイナイ。」と思うでしょう。

しかし自分で情報発信をはじめた瞬間から、多くの人はコンビニの恵方巻のようなことをしてしまうのです。具体的には、大量の情報を発信しながらも多くの人から『無視される』という状況に陥ってしまうのです。

買われずに廃棄される恵方巻もモッタイナイですが、読者に読まれないまま放置される情報もモッタイナイです。恵方巻を製造するにもコストがかかるように、情報を発信するにもコストがあるのです。

巷では「情報発信にコストはかからない。無料で大量の読者を集めよう!」というような謳い文句で情報発信に挑戦する人がウジャウジャしていますが、ハッキリいって『嘘』です。

情報を発信するのがあなたなのだとすれば、あなたはお金なんかよりもずっと大切な「生命時間」を情報発信することに奪われているのです。

もちろん「生命時間」に見合う、報酬を得られるのであれば、問題ないでしょう。しかし、、、、、本当に多くの人が情報収集に費やしたコストを回収できないまま、情報発信の世界から足を洗うのです。

無駄!無駄!無駄!

わたしが経営コンサルタントだったころ、深夜遅くまでパワーポイントでの資料作りに勤しんでいました。

しかし翌日の朝に、会社の役員にレビューをお願いしたら、わたしたちの作成した資料のほとんどが「捨てられてしまった」のです。

会社の役員は、「この資料は、、、、いらない、、、、この資料も、、、、いらない、、、、」とブツブツいって、結局徹夜の連続で仕上げた資料の9割が「補足資料」になってしまったのです。

会社の役員はわたしたちにいいました。「ねぇ、お前ら死にたいの?」と。続けていこう言われました。

「あってもなくてもいい資料をつくるために、徹夜してさぁ。体力消耗してさぁ。君たちは経営コンサルタントなんだよね?体力ももちろん大事なんだけど、わたしが君たちに期待しているのは、体力じゃなくて、『知性』なんだよね。君たちの作成した資料の中に、1枚でも、クライアント(顧客)の心に突き刺さる資料はあるのか?」と。

会社の役員がいいたかったことは、「顧客の立場になるために、頭を使え!」ということだったのです。わたしはその一件があってから、顧客の立場になることに真剣になろうと思いました。

そしていつしか、顧客の立場になることが「当たり前」のようにできていると錯覚してしまったのですが、大いなる勘違いだったのです。

無視!無視!無視!

わたしは脱サラして、たくさんの情報を顧客に届けてきました。いまでは「あなたのメルマガが心の支えになっています。」という人もいますし、メルマガが数日届かないと「もしかしてわたしは、メルマガの配信リストから漏れていませんか?」と心配してメールをくれる人もいます。

しかしわたしが情報を発信した当初は、今とはほど遠い状態でした。頑張って商品を開発しても、情報を発信しても、興味をもってもらうどころか、無視されることが多かったのです。

わたしは「なぜ?見込み客はわかってくれないんだ!わたしの知識のすべてをつぎ込んだのに!とっても貴重で役立つ情報であるはずなのに!」と、イライラしてしまったのです。

そんなある日、「わかっていないのは見込み客ではなく、『わたし』であることに」気づきました。なんとなく気づいてはいたのですが、直視したくはない事実でした。

わたしがそのことに気づいたきっかけは、「死にそう」になったからです。もちろん、わたし個人が死ぬというよりは、「情報発信者として死ぬかもしれない」と思ったのです。

情報を発信しても情報が伝わらないし、とにもかくにも『儲からない』という状況が続き、「このままなら、再就職するか、アルバイトでもしたほうが儲かるんじゃないか??」とか「そろそろ夢から目を覚ましたほうがいいかもしれない」と思って弱気になってしまったのです。

追いつめられたわたしは、一番認めたくないことを自覚しなければいけませんでした。その認めたくないこととは、「わたしは見込み客のことなんて、まったくわかっていないし、理解もしていないし、理解しようとすら思っていなかったのだ。」という辛すぎる事実でした。

まさに情報発信者として『落伍者』のレッテルを貼らないと、ジリ貧の状態から抜け出せないところまで本当追いつめられてはじめて、わたしは気持ちを改めることができたのです。

悪いようにはしないから

わたしが交通事故の被害者になった時、加害者側の担当者は「悪いようにはしないから。」とわたしにいいました。

しかし「悪いようにはしないから」とか、「あなたのことをわかっています。」と平然と言い放つ人ほどわたしは信用することができません。

なぜならば、「あなたのことは、全部わかっていますよ。」という風に主張する人ほど、かつてのわたしがそうだったように、『思い込んでいるだけ』という可能性が高いと思うからです。

日常生活の人間関係でも、似たようなことがいえます。あなたは結婚していますか?もし結婚しているなら配偶者の気持ちがわかりますか?あなたに子どもはいますか?親友はいますか?大切な人はいますか?その人の気持ちはわかっていますか?

もしあなたが超能力者でないかぎり、相手の気持ちはわからないはずです。「相手の気持ちがわかる」というのは、正確にいえば「相手の気持ちがわかっていると、わたしは信じている」ということなのです。

ようするに、他人の気持ちなんてものは、想像したり、妄想したり、信じたりすることでしか理解できないものなのです。それにも関わず、「他人の気持ちがわかる」なんて軽々しく言葉にしてはいけません。

現代社会では、情報を発信する舞台は「インターネット」ですよね。インターネットでは、情報発信者と受信者は顔を合わせることすらありません。だからこそ、情報発信者も受信者も、相手が血の通った人間であることを忘れてしまいます。

『炎上』という言葉がありますが、見ず知らずの人間に罵詈雑言を吐く情報受信者もいます。逆に、情報発信者のなかには、情報受信者が人間であることを忘れたかのような振る舞いをする人もいるのです。

勘違いでしかない

わたしが情報を発信する時、一番疑っているのは「自分自身の感覚」です。

具体的には「わたしは何もわかっていないんじゃないのだろうか?」という前提にたって情報を発信します。だからこそ、他の平均的な情報発信者よりも、少しだけ深みのある情報を発信できるのです。

もしあなたが情報を発信するのであれば、「わたしは見込み客のことなんて、読者のことなんて、何もわかっていないのではないか?」という疑問からスタートすることを強くおススメします

「わたしは全部わかっている」という前提で情報を発信するのか?それとも「わたしはまったくわかっていない」という前提で情報を発信するのか?というのは大きな違いです。

もしあなたが「わたしは全部わかっている」という思い込みによって、情報を発信したり、商品を開発するのであれば、、、、あなたはわたしが経験したことと同じような経験をするはずです。

具体的には、無駄な時間を浪費したにも関わらず、読者から無視されます。これほど辛いことはありません。(よね?)

わたしがあなたに主張していることは、「健康は大事ですよ。」とか、「将来のために貯金しておきましょう」というレベルの話です。

将来の健康や家計について真剣に心配することが出来ない人は、健康が損なわれてから、家計が破綻しそうになってから、「頑張るぞ!」と一念発起します。

まぁ、それもいいでしょう。実際にわたしはそうしましたから。でも、、、、実際に情報発信で大きな挫折をした後に、「もう一度頑張るぞ!」と再チャレンジできる人はほとんどいないと思います。大抵の人は「儲からない情報発信なんて、二度とやるか!」という気持ちになるはずですから。(そうならないために、本教材があるのです!)

最後に

わたしが今回の講義で伝えたかったことは、「読者のことはわかっている。という、妄想に囚われるな」ということです。

「もしかしてわたしは読者のことなんて何もわかっていないのではないか?」という不安が、読者の信念・感情・欲求を探る原動力になります。

読者の信念・感情・欲求などを探ることができれば、、、、、読者が欲しいと思っている情報をふさわしい形で届けるから、当然のように読者から受け入れられて、結果として『儲かってしまう』という結果が得られるのです。

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人の心を動かすのは『過去』である

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